2012年05月25日

外国人に愛される日本、自国民は?

愚民化政策の一環なのか
白地に赤くどころか
自虐史観にどっぷり染められた日本国民は、
自分の国や文化を愛せない人が増えてしまった。

そして、何様気取りの能天気さんは
近隣諸国に謝っちゃったりしてる。

いったい何を謝ることがあるんだいっ!!


・・・と怒ってばかりいても身体に悪いので
今日は、人様のブログで紹介されていた
日本を称える著名人の言葉を紹介します。


とても沢山あるので、まずは、第一部です。


(『君が代』について)
世界の国歌のうち最も荘厳なもの。
[ヘルベルト・フォン・カラヤン]

・・・・・・・・・

我々が(オランダから)独立を勝ち得たのは、
日本があれだけ戦ったのに、同じ有色人種の我々に
同じことが出来ない訳はないと発憤したからである。
[スカルノ大統領]

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裁判官パール氏の主張が絶対に正しいことを、
私は全然疑わない。
[ハンキー卿(英国枢密院顧問官)]

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日本人のように、幸せに生きていくための秘訣を
十分に心得ている人々は、他の文明国にはいない。
人生の喜びは、周囲の人たちの幸福にかかっており、
そうであるからこそ、無私と忍耐を、
われわれのうちに培う必要があるということを、
日本人ほど広く一般に理解している国民は、他にあるまい。
[ラフカディオ・ハーン]

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日本の僧侶たちはといえば、老僧も小坊主も
親切さとこのうえない清潔さがきわだっていて、
無礼、尊大、下劣で汚らしいシナの坊主たちとは
好対照をなしている。
[ハインリッヒ・シュリーマン]

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大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろ
イギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。
彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。
戦争に勝った敗けたかは、
戦争目的を達成したかどうかによって決まる、
というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。

日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。

日本こそ勝ったのであり、
日本の戦争こそ、”聖なる戦争”であった。
ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、
こんなものはすぐに回復できたではないか。

二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、
しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、
国民尊崇対象となるのである。
[朴鉄柱(韓国、韓日文化研究所)]

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日本の天皇の宣戦書には、東洋平和を維持し
大韓独立を強固にすると書かれていた。
そのような大義は
青天白日の光線より勝っていたのであり、
韓・清の人々の智恩を論ずることなく、
みな心を同じくして、賛同し服従したのである。

もう一つは、日露の開戦は
黄白両人種の競争というべきものであって、
前日までの日本に対する仇敵の心情がたちまち消え、
かえって、一大愛種党となるにいたったのであり、
これまた人情の順序であり、理に合うものであった。

快なるかな、壮なるかな。

数百年来、悪を行い続けてきた白人種の先鋒が、
鼓を一打したたけで大破してしまったのである。

日露戦争の勝利は一千古に稀な事業として
万国で記念すべき功績であった。

だからこのとき韓・清両国の有志は、
はからずも同じように、
自分たちが勝ったように喜んだ。
[安重根(伊藤博文を暗殺した韓国の“英雄”)]

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私は貧農の生まれで、
学校に通うなど思いもよらなかったが
日本人の役人が両親を説得して
小学校に行く事が出来た。

そしたら学校の教師がお前は頭が良いから
無料の師範学校に行った方が良いと
推薦してくれた。

師範学校では更に優秀さを認めてくれて
陸軍士官学校に推薦してくれた。

その結果士官学校首席として
日本人同期生のトップで卒業し、
陸軍将校に成る事が出来た。

今の私が有るのは
清廉で誠実な日本人達のおかげである。
[朴正熙(韓国元大統領)]


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いかがでしたか?
ひとつ、ひとつ嬉しくなってしまうお話ですね。

これ程までに
諸外国の著名人が認識している日本の素晴らしさ。

日本国民として
もっと知るべきことじゃないでしょうか?

自国に埃が持てないのは幼少からの教育です。

フィリピン人を見て下さい。

海外でも自国を思う気持ちが強いです。
愛する家族が待っている、そう思って頑張ってます。

海外にいる日本人はどうでしょうか?


フィリピン人の子供達は小さい頃から
貧困層の為に、教師になる、医者になる、
犯罪が多いので、警察官になる、
国を守る為に兵士になるという目標を持ってます。


日本人の子供達は、PS3が欲しいとか
オーストラリア旅行に行くのだとか
物質的なことばかりを語ります。

まぁ、どちらも家庭内での親の会話を
聞いているのでしょう。

そして、フィリピンは、
学校でも国歌斉唱・国旗掲揚を
当たり前のように行っています。

右翼も左翼も考え方は違っても
国歌斉唱と国旗掲揚は、
国民にとって当ったり前なのです。

米国でも何処でも
政治的な思想の違いはあっても
国歌を歌わんとか、国旗が嫌いなんて言うバカは
何処にも、おらんのです。




フィリピン情報 ブログ村

posted by シュガー at 23:20 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記