2012年03月20日

国際空港・・・ってかっ!

日曜日の夜、娘たちを迎えに行った空港。

日本航空なので、NAIAの第1ターミナルでした。

それが、夜の10時半を回っているのに
おっそろしい大渋滞。


アライバルの近くの駐車場は閉鎖で入れません。

好むと好まざるとに拘わらず
アライバルのエクステンションに流されていく。

勿論、まだ、そこには娘たちはいませんでした。

・・・で、そのまま、大回りをしてスーカットに戻る。

ここのスロープの手前で大渋滞アゲイン!

全然、前に進みません。

凄く近くにいるのに進めない・・・・

30分近くかかってチェックポイントへ。

もう、この辺りになると、
我慢限界の人々が車から降りて歩き出す。

フィリピン人は待つのが嫌い。


でも、お馬鹿な私は
携帯電話を家に置き忘れてきたので
車を乗り捨てられないのです。

あとで、出会えなくなったら大変ですから。

だから駐車場に入るまでは下車を我慢。

とっ、ところがっ!・・・

チェックポイントのガードが
そこの駐車場は閉鎖だという。

え〜っ!!な、なんでぇ〜っ!!(@_@;)


だから、あっちの駐車場に停めて歩けと言う。


そんなガードの言うことを信じちゃ駄目!!

もう一人のガードにも聞く。
何処の駐車場なら停められるの?

こいつも、さっきの奴と同じことを言う。

それも蚊のなく様な声で。(鳴かないけどね)


え〜っ!駐車場に入れないと、
また、流されちゃって、アライバル・エリアに行って
そこで会えないと、もう1周だわ。

仕方が無い、リスクを背負って流されよう。
娘たちがいることを祈るしかない。


でも、私は見た!!

2台の車が
閉鎖されているはずの駐車場に入るのを!!

そこに立っているガードマンに聞く。

駐車場に入りたいの〜いぃ〜ですかぁ〜?

OK!OK!・・・・笑顔で答えるガードマン。

何て素敵な人なの。と、素敵に見えるから不思議だ。

オーライ、オーライ。誘導してくれる。

しんせつぅ〜〜〜〜

やっと駐車場の中、ここなら、はぐれても大丈夫。

以前は、有料だったところが無料だわ!

壁も無いし・・・鉄格子だけになってる。

チビの私と、チビの娘。お互いの間には車が・・・

こういう時ってね、
とろさんの身体が欲しいわいっ!!


中々見つけられないけど、手を振る私。(笑)

哲也が、見つけたのと聞くので、まだぁ〜と答える。

じゃあ、なんで手を振ってるの?と聞く哲っちゃん。

あっちが見つけるかもしれないでしょ。

なるほど・・・哲也も手を振る。

それが見えたらしい。やっと目線があった。

それで安心して道路を横断してきました。

孫達、夜中すぎてフラフラ・・・(カワワ)


そして、車内でいきなり元気回復して
我が家に到着した頃は、超ハイテンション。


そこからが大変だった・・・・こっちがヘトヘト。

フルーツ食べて、犬と遊んで、鬼ごっこして、
寝たのが午前4時頃・・・・

これから10日間、
夜型子供が形成されていくのです。(笑)



しかし、空港警備のコミュニケーションの悪さ。
チェックポイントでのチェック不要。

もう・・・滅茶苦茶な国際空港で
観光もへったくれも、無いわなぁ〜と実感した。


スムースだったものを、
わざわざ最悪に陥れたのは、いったい誰なのっ?

フィリピン情報 ブログ村

posted by シュガー at 05:40 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2012年03月18日

私的日記になりそうな・・・

今晩、日本に住んでいる娘たちと孫たちが来る。

5年ぶりの来比。

1歳だった初孫も6歳になってるし、
初来比の孫3人。その内二人は初対面。

日本へ帰国したのが4年前だから
勇気と哲也も、
アテに会うのが恥ずかしいらしい。

ロニーも人見知りモードになっている。

変なの。

ツイッターで刻刻、情報が伝わってくる。

今は空の上。小さい子を連れての旅行は大変だ。

3人席の縦並びで、各自真ん中に座って
両側にお子ちゃまが座るらしい。

想像するだけでも、大変だ。


こういう時、日頃の躾がモノを言うのね。(笑)


インターネットのおかげで頻繁に会話しているけど
やっぱり生身の家族に会うのは嬉しいもの。


寒い日本から暑いフィリピンに・・・・


みんな、楽しい旅行になるといいね。



母は、朝から、フルーツを買い占めたり、
ゲストルームを掃除したり・・・


ちょっと興奮気味に陥っているのか
何だかみんなが来る前から疲れ過ぎだわ・・・(^^ゞ



夜便の到着まで、まだ時間がありすぎ・・・


フィリピン情報 ブログ村

posted by シュガー at 19:09 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2012年03月13日

大震災1周年・・・

母国に未曾有の大惨事が起こって
もう1年が過ぎ去った。

多くの人々が犠牲となった痛ましい自然災害でした。

そして・・・

今もまだまだ未解決の問題が山積み・・・


転校生の差別や瓦礫処分の問題、その他諸々。

この問題は、我が同胞の心の問題です。


まずは、国家の指導者である者の無能さ・・・
または、意図的な国家転覆政策・・・どっち?

とにかく、最初から指導者は失態続きでしたね。

このことを絶対に忘れてはいけない。許してならない。


そして、世界中を感動させた震災直後の同胞の態度。
誇り高き日本人を世界にアピールした瞬間でした。


それなのに、今は、自己中な日本人が
表面に浮かび上がってしまった。


被災地で困難を極めている人や
移動を余儀なくされている方々を思いやれない。

本当に優しい人が
少ない日本になったのが見えてしまった。

本当に優しい人だけが強い人なのです。

偽善者は直ぐにボロが出る。丸見えだ。


弱者を助けて当たり前のはずなのに
弱者を助けないどころか、困らせている。


そんな人もいるってことが残念でなりません。


命の危険を顧みずに被災地で頑張っている人々。、
腐乱した死体や遺体の一部を回収する自衛隊の皆さん。

本当に頭が下がりました。


自分なんか微力で何も出来ないわ・・・


でも、あきらめないでください。私も諦めないから。


微力でも何が出来るのかを考えれば
きっと何か役に立つこと気づけるかもしれません。


自分が出来る範囲での小さなことでも良いのです。

・・・私自身も
口ばっかりになりそうなので反省しないとね。


毎年3月11日が来ることは
誰でも知っていること。

あの大災害を風化させてはいけません。

いい加減な采配をふるった無能な国家の指導者。
このことを絶対に忘れてはいけないし、
許してはならないのです。


人間、怒ることを知らないと、
愚か者になってしまう。

愚か者は同じ過ちを繰りませします。

怒りを正しい報告に向けましょう。


いったい「絆」って、
何処に行ってしまったのかしらね?


何処に「絆」があるのか、
あまり見えないんですが・・・

どこかにはあるはず。

そんな中、
私がお気に入りのブロガー、とろさんが
素晴らしいお話を紹介していますので
是非、ご覧下さい。


活性原酒「雪っこ」
このお酒を作っている酔仙酒造さんは 
岩手県陸前高田市の蔵元
この蔵元さんの被害は・・崩壊でした

そこから新しい蔵を何とか作り
この酒がまずこうして出来上がったのであります

酔仙のいま


もう一つは、


「復興支援酒 一力(いちから)
東日本大震災を目の当たりにしても
それに負けない蔵人の酒造りに懸ける想いと、

日本酒の灯を絶やさぬようとする全国の方々の想いを、
日本酒を通じてつなげていく「復興酒」プロジェクト」


ね、何もできないと仰りながら
何かされているところが素晴らしい。


とろさんのブログ → 「何話す?」


それぞれ独自に頑張っていらっしゃる方々、
本当に頑張っていらっしゃるのです。ご立派です。

私も少しでも、小さなお手伝いができたらと
心を動かされました。



お酒飲めないけどさ・・・、
このお酒を飲みたいと思った私。


誰かに買ってきてもらおうっと♪





最後に、術後の安静も顧みずに
追悼式に出席された天皇陛下のお言葉を。




よぉ〜く拝聴して、ご理解下さいね。





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posted by シュガー at 19:23 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2012年03月06日

歴史の捏造を信じないでねっ!

だいたい、中学校の社会科では
戦争の時代を詳しく教えてもらった記憶が無いのです。

その前の歴史は覚え難い同じ様な名前の人が
代々出てきたりして、興味の無い私には苦痛な授業。

今、思うと、教え方にも問題があったんだと思う。
歴史の人物に興味が持てないんだから年号の暗記大会。

数字の嫌いな私は年号を覚えるのも嫌だった。


新しい歴史の教科書を見ると、それは楽しい。
こんな教科書で勉強したかったわと思ったけど手遅れ。


戦争については、
はい、何年に戦争が始まって、何年に終わりました。

これだけですよ。OMG!

でもね、嘘を教え込まれなかっただけセーフだった。

それと、教師を妄信しない家族の中で育ったのも
凄くラッキーだったと思います。


それにしても、外国、それも近隣諸国が
我が祖国、日本の歴史を捻じ曲げていることについて
いい加減にせよと叱ってもいいんじゃないんですか?

まして、日本国民の血税で海外支援をしているんですから
どしどし、その国の教科書の内容にコメントすべきです。

コメントするどころか、されちゃってますけどね。(苦笑)


名古屋市の河村市長が普通に、
南京大虐殺なんか無かったと発言されたことで
大きな波紋が広がっている様ですが
当たり前のことを言うと、騒ぎが大きくなるって何ですか?

誰が騒ぎを大きくしているのか・・・マスコミですね。

だいたい、12月13日に南京城が陥落して、
その月末日には、南京に電気、水道が復旧しているんですよ。

年が明けるころには「ネオン」もついてしまいます。

日本国兵士には、命令も下されず、何も理由もないまま、
何十万人もの支那人民を殺してるヒマなんか無かったんです。

そういうことをしたと主張する人から、
そういうことをした理由を聞きたいですね。

日本の兵隊さんは何処へ行っても評判が良くて
世界一、規律正しい軍隊なんですから
突然、そんな気が狂った行為をするわけがないのです。


そして、私の住んでいるフィリピンも激戦地だったから
色々な話が捏造されてます。


英米仏独からなる国際委員会も
日本に対して感謝状を贈っているそうです。

安全区にいる非戦闘員を守ってくれてありがとう、
と書かれているんだそうです。

書いたのは委員長だったジョン・ラーベさん。

<私どもは貴下の砲兵隊が
安全地区を攻撃されなかったという美挙に対して、
また同地区における中国民間人の援護に対する
将来の計画につき、
貴下と連絡を取り得るようになりましたことに対して
感謝の意を表するものであります>

という書簡が現存しているんだそうです。


そういえば、私達の野田首相も失言してますね。

「この問題は、南京と名古屋市に任せる」

まったく卑怯者の首相を持った我が国はお気の毒。
こんな無責任で売国精神を持つ人が首相なんです。


「約100キロの道のりを歩かせた」とされる「死の行進」。
でもね、実際には、
マリベレスからサンフェルナンドの88キロ。

フルマラソンの約2倍の距離を5日間で歩いただけのこと。

武装解除後だから重装備は持たず、手ぶらで
炎天下を歩いただけなんですけど、
アメリカ兵の捕虜2千人が倒れたとなっているそうです。

大袈裟すぎませんか?

フレンドシップ・ツアーの企画では、
毎年、皆さんが歩いてますよ。

昭和17年に「比島従軍記南十字星下」が出版されます。

向井潤吉氏が書いた同著には「投降の敵将校に紅茶の接待」
というキャンプションの写真も載ってます。

水どころか、日本軍は捕虜に紅茶を沸かしてあげていたとわかる。
「死の行進」には、なんと「ティータイム」があったのです。
米兵の姿はシャツ1枚で、まるでピクニックの軽装。

同行していた日本軍兵士は大きな背嚢と銃を担いでいました。

「1日25キロも歩かされた」と不満を漏らすけど、
日本陸軍には「六キロ行軍」というのがあるんだそうです。

1時間に6キロ歩くんですよ。
行軍だから数十キロの重装備を担いで歩くのです。

こういうことって習わなかったんですよねぇ〜全然。

こんなことで本間中将は銃殺刑に処されたのです。

だから、マニラに住んでいらっしゃる方は
お時間が合ったら本間中将終焉の地へ行って下さい。

昔は、お嬢様が何日間か滞在されて
日中はずっと、
お父様の最後の場所でお時間を過ごされていました。

段々、お参りする方も減ってしまっている今、
現代を生きる私達がお墓参りを続けていければと願います。

隣には、お子様のいらっしゃらなかった山下奉文大将の
終焉の地もございます。


今回は、勉強不足の私としては、虹の会の副会長さんの
ブログが大変に参考になりました。

もっと詳しくご覧になりたい方は
↓をクリックして下さい。
虹が消えるまで

素晴らしいお話が楽しく読めます


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posted by シュガー at 00:19 | Comment(8) | TrackBack(0) | 日記

2012年03月01日

デイビー・ジョーンズの死

昨晩はシュガロンでバタバタしておりましたが
2月29日、フロリダでは、
元モンキーズのデイビー・ジョーンズが他界。

自宅で心臓発作を起こして病院に運ばれる途中で
亡くなったそうです。(享年66歳)

モンキーズはアメリカのテレビ番組で毎回、
楽しいドタバタ・コメディを演じていたので
子供の頃、その番組が
大好きだったのを思い出しました。

番組内で流れる音楽も楽しんでました。

特に、小柄なデイビーは人気者でしたっけ。

小さい身体で騎手を目指して
勝利を納めたこともあるそうです。


最近、色々なアーティストが亡くなっているけど
その後に続く素晴らしいアーティストが
あまり出てこない様な気がします。

クリエイティブじゃなくなってしまった感じ。

特に、90年代以降はお粗末かな・・・・


時代はどんどん、どんどん、
物凄いスピードで変わっていきます。


しかし、それが良く変わっているのか
悪化しているのか・・・を
私達はしっかりと見極める眼を持つ必要がある。


今の日本は戦前と比較すると
何かと便利にはなっているし、
先進国と言われてはいるけれど
日本国民の精神構造をよく見てみると
完全に愚民化している様です。



彼は英国人だけど、
アメリカで成功を収めました。

デイビーに象徴されるアメリカン・ドリームから
みんなも、そろそろ目を覚ましたようですね。

ビーバーちゃん、ちびっこギャング、うちのママは世界一
パパは何でも知っている、ララミー牧場、ボナンザ、
ルーシー・ショー、ローハイド、ローンレンジャー
逃亡者、コンバット、ラッシー・・・もう、キリがない。

あげればキリがないほど
アメリカのテレビ番組漬けだったんですねぇ〜。

そして、それが素晴らしいものだと憧れちゃった。


確かに異文化に魅力を感じないわけではないけど。


実際には、余った豚の餌にする様なものを
学校給食に導入されたりしてた私達。

あの脱脂粉乳が飲めなくて泣いていた級友。


異文化に憧れちゃうのは良いとしても
自国の文化が
戦後の自虐史観と共に否定されてきた。


今ここで、日本人は
目覚めるきっかけを与えられたのです。

そう感じている人は
少なくないと思います。

時代の節目節目で見過ごしてきた機会を
今度こそ見逃さないで、
シッカリと受け止めましょう。


デイ・ドリーム・ビリーバーや
アイ・ワナビー・フリーは
ずっと忘れない曲として、
私のリストに含まれる曲なのです。


子供時代に楽しませてくれたデイビー・ジョーンズ氏の
ご冥福を心からお祈り申し上げます。






フィリピン情報 ブログ村

posted by シュガー at 22:26 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記